「長嶋 茂雄(ながしま しげお)」
プロ野球ファンであれば、この名前を聞いて、知らない人は居ないというほど超有名な人物(元プロ野球選手)ですよね。
プロ野球ファンでなくても、名前くらいは耳にしたことがあると思います。
なぜ長嶋茂雄さんがこれほどまでに有名になったのでしょうか?
それはプロ野球選手時代の数々の偉大な記録と、伝説として語り継がれている名言(迷言)が長嶋茂雄さんをここまで有名にしています。
そこで今回は現役時代の偉大な成績や名言を調査したので、紹介します。
目次
長嶋茂雄のプロフィール
名前:長嶋 茂雄(ながしま しげお)
愛称:ミスター、チョーさんなど
年齢:83歳(1936年2月20日生まれ)
出身地:千葉県佐倉市(当時は印旛郡臼井町)
血液型:B型
身長:178cm
体重:76kg
出身校:千葉県立佐倉第一高校→立教大学
職業:読売ジャイアンツ専務取締役終身名誉監督(元プロ野球選手)
家族:西村亜希子(妻、当時の東京オリンピックのコンパニオン)、長嶋一茂(長男、元プロ野球選手)、長島三奈(次女、スポーツキャスター)、長島正興(次男、元自動車レーサー)
長嶋茂雄の偉大な成績(選手編)
長嶋茂雄さんは立教大学から巨人に入団して以降、プロ野球選手を引退するまで他球団へ移籍することなく、巨人一筋でプレーしました。
長嶋茂雄さんがプロ野球選手時代に残した偉大な成績をまとめてみました。
打撃成績
打者の主な成績となる打率、打点、本塁打、盗塁を調査しました。
年度 | 年齢 | 打率 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
1958 | 22歳 | .305 | 153 | 29 | 92 | 37 |
1959 | 23歳 | .334 | 150 | 27 | 82 | 21 |
1960 | 24歳 | .334 | 151 | 16 | 64 | 31 |
1961 | 25歳 | .353 | 158 | 28 | 86 | 14 |
1962 | 26歳 | .288 | 151 | 25 | 80 | 18 |
1963 | 27歳 | .341 | 163 | 37 | 112 | 16 |
1964 | 28歳 | .314 | 144 | 31 | 90 | 13 |
1965 | 29歳 | .300 | 151 | 17 | 80 | 2 |
1966 | 30歳 | .344 | 163 | 26 | 105 | 14 |
1967 | 31歳 | .283 | 134 | 19 | 77 | 2 |
1968 | 32歳 | .318 | 157 | 39 | 125 | 8 |
1969 | 33歳 | .311 | 156 | 32 | 115 | 1 |
1970 | 34歳 | .269 | 128 | 22 | 105 | 1 |
1971 | 35歳 | .320 | 155 | 34 | 86 | 4 |
1972 | 36歳 | .266 | 119 | 27 | 92 | 3 |
1973 | 37歳 | .269 | 130 | 20 | 76 | 3 |
1974 | 38歳 | .288 | 108 | 15 | 55 | 2 |
通算 | – | .305 | 2,471 | 444 | 1,522 | 190 |
日本プロ野球において、400本塁打と2000本安打を同時に達成した選手は長嶋茂雄さんが史上初だと言います。
毎年、コンスタントに良い成績を残し続けていることからも長嶋茂雄さんが偉大な選手であったことがわかりますね。
獲得した主なタイトル/記録
現役時代に獲得した主なタイトル
- 首位打者:6回(1959年、1960年、1961年、1963年、1966年、1971年)
- 本塁打王:2回(1958年、1961年)
- 打点王:5回(1958年、1963年、1968年、1969年、1970年)
- 最多出塁数:3回(1959年、1960年、1961年)
- 最多安打:10回(1958年、1959年、1960年、1961年、1962年、1963年、1966年、1968年、1969年、1971年)
現在も破られていない現役時代の主な日本記録
- シーズン150安打以上:11回
- 2年連続シーズン30敬遠以上
- 6試合連続敬遠:2回
- 4試合連続三塁打
- 5年連続開幕戦本塁打
- 通算開幕戦本塁打:10本
長嶋茂雄さんが現役を引退してから、すでに40年以上経過していますが、これだけの記録が未だに破られていません。
現代と比較して試合数が少ないにも関わらず、圧倒的な成績を残していることからも偉大な選手であったことがわかりますね。
また、皇室観覧試合では通算打率.514、通算本塁打7本で共に歴代1位です。
大事な試合でとても勝負強いバッティングをしていることも超一流の証だとも言えますね。
長嶋茂雄さんの年俸もヤバイ!?
現役時代の年俸は?
長嶋茂雄さんは読売ジャイアンツと契約しましたが、その契約金は、なんと当時の最高額と噂されている1,800万円だったそうです。
現役時代の各年度の年俸推移をまとめました。
年度 | 年齢 | 年俸 |
1958 | 22歳 | 180万円 |
1959 | 23歳 | 360万円 |
1960 | 24歳 | 720万円 |
1961 | 25歳 | 960万円 |
1962 | 26歳 | 1,000万円 |
1963 | 27歳 | 1,000万円 |
1964 | 28歳 | 1,400万円 |
1965 | 29歳 | 1,800万円 |
1966 | 30歳 | 3,200万円 |
1967 | 31歳 | 3,200万円 |
1968 | 32歳 | 4,140万円 |
1969 | 33歳 | 4,560万円 |
1970 | 34歳 | 4,560万円 |
1971 | 35歳 | 4,920万円 |
1972 | 36歳 | 4,920万円 |
1973 | 37歳 | 4,920万円 |
これを見るとかなり安い!と感じる方が多いかもしれませんが、
現在ドラフト1位で入団する大卒1年目の選手の最高年俸は1,600万円です。
当時の長嶋茂雄さんの1年目の年俸が180万円ということを考えると、当時の金額を現在の年俸に換算すると約10倍と推定できますね。
そうすると各年度の年俸に0を1つずつ足していくと以下のようになります。
年度 | 年齢 | 年俸 |
1958 | 22歳 | 1800万円 |
1959 | 23歳 | 3600万円 |
1960 | 24歳 | 7200万円 |
1961 | 25歳 | 9600万円 |
1962 | 26歳 | 1億円 |
1963 | 27歳 | 1億円 |
1964 | 28歳 | 1億4000万円 |
1965 | 29歳 | 1億8000万円 |
1966 | 30歳 | 3億2000万円 |
1967 | 31歳 | 3億2000万円 |
1968 | 32歳 | 4億1400万円 |
1969 | 33歳 | 4億5600万円 |
1970 | 34歳 | 4億5600万円 |
1971 | 35歳 | 4億9200万円 |
1972 | 36歳 | 4億9200万円 |
1973 | 37歳 | 4億9200万円 |
当時の貨幣価値がどれくらいかわかりませんが、もしかしたら当時の貨幣価値はもっと低かったかもしれませんので、それを考えるととてもすごい金額ですよね。
現在の年俸は?
長嶋茂雄さんは現在「読売ジャイアンツの終身名誉監督」です。
その収入としては株式会社読売巨人軍の専務取締役の役員報酬ということになるため、
それは「1億円」と言われています。
その他にもCMなどで起用されていることからも最低1億円以上はあると考えられます。
長嶋茂雄の偉大な成績(監督編)
長嶋茂雄さんは1975年~1980年と1993年~2001年に巨人の監督を務めています。
監督時代に残した成績をまとめてみました。
年度 | チーム順位 |
1975 | 6位 |
1976 | 1位 |
1977 | 1位 |
1978 | 2位 |
1979 | 5位 |
1980 | 3位 |
1993 | 3位 |
1994 | 1位 |
1995 | 3位 |
1996 | 1位 |
1997 | 4位 |
1998 | 3位 |
1999 | 2位 |
2000 | 1位 |
2001 | 2位 |
長嶋茂雄さんは15年という長期間、監督を勤められましたが、その間にAクラス(1~3位)が12回で、Bクラス(4~6位)がわずかに3回という大変素晴らしい成績を収めています。まさに強い巨人の象徴とも言えますね。
長嶋茂雄の数々の名言
長嶋茂雄さんはとてもユニークでおしゃべり好きな方でした。
過去には数々の名言を生んでいます。
代表的な名言を簡単にまとめました。
<名言>
最も代表的な名言はこれではないでしょうか?
- 我が巨人軍は永久に不滅です。
https://youtu.be/uWrm4gtJUmw
その他にも数々の名言を残しています。
- ウサギとカメならカメでいい。我慢する勇気が必要なんです。挫折してもプライドは失わない、それは努力しているからだ。
- デビュー開幕戦でも4連続三振。監督としても最初は最下位。あとはよくなるばかりだと思うしかなかった。
- 挫折してもプライドは失わない、それは努力しているからだ。
- スランプなんて気の迷い。ふだんやるべきことを精一杯やって、土台さえしっかりしていれば、スランプなんてありえない。ぼくはいつも「オレは絶対打てる」という気持ちでボックスに立っていますよ。
- 努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルといえない。
- 魂を込めて打てば、野手の正面をついたゴロでもイレギュラーする。
- 努力は人が見てないところでするものだ。努力を積み重ねると人に見えるほどの結果がでる。
<迷言>
- バントなどの小技を小物
- ミートグッバイ(=肉離れ)
- アイムソーリーをアイム失礼
- 若手のことをヤングボーイ
- ビートたけしとゴルフの約束
- あれ、たけちゃん。今日は誰とゴルフ?
- 打つと見せかけてヒッティング
- ジャイアンツの監督は大変ですよ、毎日がジャイアンツ戦ですから
- バースデイアーチ打ったこと無いんですよ〜(誕生日2月20日)
- 勝負はネバーギブアップしてはいけない
- アメリカにてマクドナルドを見て、へぇ、こっちにも進出しているんだ。外人がいっぱいいるなぁ。こやっちには外車ばかりだ。アイアムチキン。英語がうまいなぁ。
- 代打、土井(バントの格好をしながら審判に代打を告げる)。相手にサインがバレてるのでは?とコーチに相談する。
- いいな、みんな。槇原が緊張するから完全試合なんて口にするな(隣に槇原)
- きた球を打て
- how old おいくつ?
- 一点でも多く取った方が勝ちでしょう。
- 失敗は成功のマザー
- 松井君にはもっとオーロラを出してほしい。
- 雨降ってグラウンド固まる
- 魚へんにブルー(鯖のこと)
- ラッキーセブンの3
- 昨日も午前2時に寝て、午後5時に起きましたからね。5時間も寝れば十分です。
- 今日はじめての還暦を迎えた
- ファンが「長嶋茂雄さんと同じ誕生日なんですよ」と言ったのに対して、「へぇ、あなたの誕生日いつ?」
- 本を出した時にファンから「あの本面白かったです」と言われた時に「そうらしいけど僕はまだ読んでないんだ」
- デーブ大久保が長嶋茂雄監督に「監督、少しスイングがおかしいので見てもらえますか?」
- 長嶋茂雄監督「うーん、どれどれ」バットを持ってしばらく素振り、大久保にバットを返して「どうだった?俺のスイング」
- 開幕10試合を7勝4敗でいきたい
- 今日はSMAPのキムラタロウ君に会ってきたよ。
- ついに閉幕を閉じる時期に来ましたね。
- 球がこうスッとくるだろ?そこをグワァーっと構えて腰をガッとする、あとはバァッといってガーンと打つんだ。
- インフレでね、今年は全国的で?(インフレ=インフルエンザのこと)
- 相撲に負けて試合に勝った、ということでしょうか。
- んーミレニアム?千年に一度あるかないかのビッグイヤーですね。
- 桑田、斎藤、そして桑田です。
- 野球というスポーツは人生そのものです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
とても偉大な記録、そして数々の名言(迷言)を残してきた長嶋茂雄さん。
これほどまでに超一流として、日本中から愛されたプロ野球選手はいないのではないでしょうか?