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菅田将暉「まちがいさがし」の歌詞!米津玄師が歌詞に込めた想いを徹底調査!

菅田将暉、米津玄師、まちがいさがし

菅田将暉さんの歌う「まちがいさがし」のMVが公開されましたね。

ドラマ「パーフェクトワールド」でも大人気の主題歌なので、MV公開を楽しみに待っていたファンも多いのではないでしょうか。

しかもこの「まちがいさがし」は人気急上昇中の米津玄師さんが作詞作曲にプロデュースを手がけています。

こんな大人気の2人が奏でる楽曲に人気が出ないわけありませんよね。

今回、歌詞の意味と世界観、米津玄師さんが歌詞に込めた想いについて個人的な独自の目線から徹底調査していきます。

まちがいさがしのMV公開

https://youtu.be/7940nuwCEYA

「まちがいさがし」の楽曲ができるまで

<米津玄師さんコメント>
灰色と青で出会えて以来、会えばその都度「なんかやりたいね」という話を続けてきて、出来上がったのがこの曲でした。
彼の歌を聴くたび、バーンと喉から勢いよく飛び出してくるその声に毎度震えます。
いろんな人に早く聴いてほしいですね。僕と同じように思うはずです。

<菅田将暉さんコメント>
四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」と。米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者がいることで自分の存在を肯定することができる。そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。救いでも祈りでもない集い。「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。

引用:https://reissuerecords.net/

「まちがいさがし」ができるまでに、2人は「灰色と青」でコラボしていました。

その後、お互いに何か作りたいと思う気持ちはあったのでしょう。

米津玄師さんは菅田将暉さんの能力を高く評価しており、米津玄師さんの方から猛アプローチがあったのだとか。

また、菅田将暉さんも自分しかわからない自分の苦しみを対象者がいることで苦しみの存在を肯定し、その温かい気持ちを大切に歌に込め、表現されたうようですね。

この楽曲「まちがいさがし」ができるまでの深い成り立ちを感じます。

「まちがいさがし」を聞いた世間の反応

https://twitter.com/kana_yonesuda/status/1135634809349238784

https://twitter.com/myumyu6167/status/1135812411129192448

https://twitter.com/non_pachi8/status/1135812166768922624

「まちがいさがし」の歌詞

まちがい探しの
まちがいの方に
生まれて来たような気でいたけれど
まちがい探しの正解の方じゃあ
きっと出会えなかったと思う

相応しく笑い会えること
なぜだろうか涙が出ること

君の目が貫いた僕の胸をまっすぐ
その日から何もかも
変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな
深い春の隅で退屈なくらいに
何気なくそばにいて

間違いだらけのささいな隙間で
くだらない話をくたばるまで

正しくありたい会えない淋しさが
何を育んだでしょう

ひとつずつ探し当てていこう
起きがけの 子供みたいに
君の手が触れていた指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんて どうでもよかった
瞬く間に落っこちた淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ

君の目が貫いた僕の目をまっすぐ
その日から何もかも
変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな
深い春の隅で
誰にも見せない顔を見せて
君の手が触れていた指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないと
ただ強く思うだけ

引用:「まちがいさがし」作詞作曲・米津玄師

「まちがいさがし」の歌詞の意味

菅田将暉、米津玄師、まちがいさがし、歌詞

まちがい探しの
まちがいの方に
生まれて来たような気でいたけれど
まちがい探しの正解の方じゃあ
きっと出会えなかったと思う

まちがい探しのまちがいの方に生まれてきたとは、衝撃的な出だしですが、菅田将暉さんのコメントにあるように米津玄師さんが言った「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない」という部分のことを指していますよね。

でも、もし正解の方だったら出会えていないと・・

何と出会えていないのでしょう?

それは米津玄師さんの続きの言葉、「でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」という部分です。

今の目の前の人との出会いがあるのは、まさに自分が間違いの絵の方に生まれたからということを言っています。

間違いの絵の方には生まれたからこそ出会えたなんて、実際にはそれで正解だったのかもしれないですよね。

相応しく笑い会えること
なぜだろうか涙が出ること

ともに笑い合えたり涙したり、そんなことができる関係性の相手がいることって素敵ですよね。

そんな喜怒哀楽を表現できることの温かみを歌っています。

君の目が貫いた僕の胸をまっすぐ
その日から何もかも
変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな
深い春の隅で退屈なくらいに
何気なくそばにいて

ここで「君」と「僕」の解釈ですが、もし米津玄師さんが菅田将暉さんに贈った歌だとしたら、「君」は菅田将暉さんで「僕」は米津玄師さんになります。

仮定の話ですが、「君」は菅田将暉さんで「僕」は米津玄師さんという設定で読み解いていきますね。

菅田将暉さんの目が米津玄師さんの胸を貫いたという表現からもわかるように菅田将暉さんを見た瞬間、米津玄師さんは心を奪われているということがわかります。

辛かった深く暗い時期に、風に飛ばされ消えてしまいそうなくらいにか細い自分に対して、何気なく隣にいてくれた君の存在が大きくて、僕の世界を変えたということでしょうね。

2人の関係が始まったきっかけが、米津玄師さんが菅田将暉さんへの猛アプローチだったということからも米津玄師さんが惚れ込んでいる様子がよくわかるフレーズですね。

間違いだらけのささいな隙間で
くだらない話をくたばるまで

正しくありたい会えない淋しさが
何を育んだでしょう

ひとつずつ探し当てていこう
起きがけの 子供みたいに

間違いばかりの人生だったけど、その要所要所でくだらない話を尽き果てるまで話せた存在。

そして正しくありたい僕が君に対しての募る想いを綴っていますね。

ひとつずつ探し当てていこうとは何を探し当てていくのでしょうか?

起きがけの子どもという表現から推測してみると、子どもは「夢」や「希望」に満ち溢れた存在のため、「夢や希望」といった素敵なものを見つけていきたいと表現しているのかもしれません。

君の手が触れていた指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんて どうでもよかった

菅田将暉さんとの出会いや友情は米津玄師さんにとっては大切なもので、それは僕が生まれた間違いや正解の意味なんて君という存在があればどちらでも良かったんだと歌っているように感じます。

また、菅田将暉さんと女性とを重ね合わせ、僕が愛する君という風にも考えられる意味を持っているのでは?と考えます。

ここでも、米津玄師さんが菅田将暉さんにまるで恋をしているような、尊敬の友情を深い愛情に置き換え表現しているように感じます。

瞬く間に落っこちた淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ

淡い霧の中で君の存在を再確認するという行為は、現実というモヤがかかった正解のわからない世界の中で、隣にいる君の存在がいかに有り難いかということがわかったと読めるのではないでしょうか。

まとめ

いかがでしたか?

あくまで私がこうであったら良いなと思って推測しただけなので、本当に米津玄師さんがそう想って綴られたのかは定かではありませんが、すごく菅田将暉さんを尊敬し、大切に想っている存在というのは紛れもない事実です。

あなたも是非こうかな?なんて思いながら歌詞の意味を想像してみてください。

歌詞を感じた上でMVを観ていただけると、更に米津玄師さんの世界観に入れ、菅田将暉さんの澄んだ美しい声に心揺さぶられること間違いなしですよ。